任天堂コロプラ訴訟に見える、パテントトロール問題からの、次世代のGAFAを日本に引き抜こうという攻撃的思考
昨今、ゲーム業界で話題になっている訴訟がある。
今回は、上記の特許訴訟に関する動画についてコメントしていきたい。
任天堂が異常な数の特許を持っている様なのだが、その特許が「ゲーム屋からしたら息を吸うなというレベル」の基礎的な技術の殆どを網羅しているようで、「(従順な会社は)ウチの特許自由に使って良いよ」、でやってきたらしい。
そこで、コロプラという会社が「ぷにコン」という特許を申請したところ、任天堂側が「なんゃワレ、ウチの横に立つ言うんかい」と言い出した様である。(コロプラがやっていることは、任天堂のやっている異常な数の特許取得と何が違うというのか。)
その請求額、96億。
動画の解説内容が微妙なので、突っ込み処について解説したい。
まず、任天堂の異常な数の特許取得。
「業界外部からの特許乱立による業界発展から守る為」、と言っているそうだが、外敵と戦う為の武器で家庭内暴力始めたようにも見えてしまっている。そこからしてちょっとキモチワルイ話だ。動画主のアンフェア、アンバランスな解説が始まる。
次に、任天堂の保持している特許の例が動画内にも出ているのだが、正直新規性も革新性もない、これ抜きに今どきのネトゲをどう作ればいいのか全く分からない「イの一番に思いつくアイデア」にしか見えない。
取得当時は意味のある特許だったのかもしれないが、傍目には業界支配にしか見えない。
そもそも任天堂は作っても無い物に対して権利を主張している。
上記で紹介した動画内の抜粋だが、「ウチが作ったものを飾りつけした程度で権利を主張してる」と解説されているが、これは間違っている。
無料ライブラリとして公開もしていなかったにも関わらず、「ウチが作ったもの」「飾りつけした程度で」という例えはかなり飛躍があるし、そもそもゲーム業界の発展を願ってというなら「ぷにコンも業界発展の一部」でしかない。
業界の健全性が保たれている状態とは、「業界内のフェアな競争が成立している状態」を言うが、基礎技術(動画内では要素技術と紹介)の一社独占状態でこれが保たれていると誰が言えるのだろうか。
特許庁も出願当時にゲーム業界の行く末を先読みしきる事が出来なかったのかもしれないが、この特許を認めるにあたり、「業界の健全性が阻害される」等の議論は起きなかったのだろうか。(正直、特許庁として「業界健全性に関する責任」について聞きたいレベルでビミョーな「任天堂が保持しているという特許」が動画内で紹介されている。)
しかもこれら任天堂が持っているという特許、どれも大したアイデアだろうか。
任天堂の持っている特許だが、「フレンド登録通知」「タッチパネル上のジョイスティック」とか。
フレンド機能とかも、只のメールみたいなもんだろう。
独自プロトコルとかも含めた特許にしないとRFC(インターネット標準)の上書きにしかならず(てか、RFCですらプロトコル定義している。RFCよりゆるい特許ってどうなの?)、それこそ「人の作ったものの簒奪」にしか見えない。(そもそも、独自プロトコルだろうと仕様を無料公開していたもの(仕様公開しないでだれがどうやって侵害できるのか甚だ疑問)なら著作権主張はコロプラの「ぷにコン」の主張とイーブン(同等)であり、相殺すべき。後から金銭を請求しているなら詐欺に当たる。)
ジョイスティックも別に権利主張すべきものとは思えない。料理で言う「塩」の特許を主張しているに過ぎない。
「ぷにコン」のような恰好での具体的な要素(操作性の革新性、指を話すと自動攻撃擦る等の新規性を盛り込んだ実装)としての主張なら「独自のソース」(味付け)として理解できるが、それもないなら「塩」だ。
発明者の権利を保護する事が目的の特許権。
法の精神として、どちら側の権利が守られるべきなのか、この動画内で語られている事は筆者には逆転している様に見える。
(米国で問題になっている「パテントトロール」(老人が「昔思いついて特許取っていた」、と言い出して訴訟するケース。特許権の売買等も行われ、訴訟ビジネスに迄発展しており、技術革新上色々と問題になっている。)と被って見えるのは筆者だけだろうか。)
その他、訴訟の内容について詳しいblog記事があったので参照したい。
ここの記事を見ると、「そもそもの特許の文言がかなり曖昧で、事前に読んだとしても確実な対処が可能な情報が公開されていたとは言えない」というのが、読んだ率直な感想だった。
動画主が問題としている「質問返し」になるのも、「念の為プログラムに手を入れる」のも理解できる。
カビが生えたパンですら大きめにカビ部分を切り取るだろう。だが、この特許の文言だけでは「どこがカビなのか」判断するのが困難なのだ。
動画内では「プログラムに手を加えるのは、特許侵害が無いという主張と反する。」と言っているが、特許の文言を見る限り、念の為対応するのも理解できる内容だと思う。
非常に面白い動画を上げてくれている動画主には悪いが、控えめに言っても理由にならないポイントを突いた主張だと感じたのが正直なところだ。
そして、下記の記事も見つけたので触れておく。
かなり突っ込まれているが、「任天堂が特許料を取らないという告知をしたという事実なんてない」「同じ特許を上書き取得なんてできない、デマ」とか言われている。(この訴訟、そもそもおかしい上に、任天堂擁護者の意見って「在り得ない事を延々と言ってる」だけ。)
そもそもコロプラの特許に、正当性が無いならこの訴訟自体在り得ないのだ。
スクウェアを任天堂が出禁(ソフトウェアを販売できない様に業界から締め出した事件)にした時もそうだったけど、任天堂には自社のソフトでヒット作が出ないと他社を攻撃する傾向があるようですね。
と、任天堂に関してはここまでにしておこう。
さて、この問題、日本の対応如何によっては、日本の評価を爆上げし、シリコンバレーからハイテク企業を引き抜ける可能性もある「国益に適った対応アイデア」が考えられる事は皆さまお気づきだろうか。
シリコンバレーでは親日家も多いらしいが、ここで日本の法曹界や特許庁が「パテントトロール対策」も込みで世界にプレゼンしたらどうなるだろうか。
例えば、「日本でのソフトウェアに関する(デバイスには適用しない。ここ、重要)特許は実装例に紐づいて認可される。」等とすれば、どうだろうか。
ソースの管理もSourceForge等の様に自動で管理できるわけだし、そこを紐づけておけばVersion管理に掛る問題も予防できる。
差分管理(ジャーナル管理、改ざん、捏造対策)も必要と特許庁が判断するなら、レプリケーションを特許庁内に複数取る、同期履歴を自動取得すれば自動で対策可能だ。
特許出願者がSourceを出すのに難色なら、設計書の抜粋提示になるだろうか。但し実装例必須。ここが肝。
パテントトロール問題に対して鬱積した思いを持っているシリコンバレーのテック企業は「アメリカでは裁判で負けてしまったが、日本なら権利保護とパテントトロール対策が両立できるかもしれない。」と、リベンジする土壌として日本を選び、次世代のGAFAが日本に引き抜けるかもしれない。
米国内では訴訟に負けてしまうと燻ぶるだけなのだ。日本で再利用した方が余程良い。
それに、米国にもメリットはある。
昨今、米国でも問題になっている分、「日本がパテントトロール対策の実験場になりましょう」とも言える訳である。
米国法曹界に正義だなんだ社会善だ、何が正しいとわちゃわちゃ言うよりもよほど受け入れやすい申し出かと思う。
昨今懸念されている「税収減」。
Amazon等の納税回避問題など無視できない問題は多い。
この国の発展と、ハイテク業界、ゲーム業界の発展に大きく寄与できるアイデアではないだろうか。
「国の借金の嘘」に対する考察
三橋氏が言うには、以下の通りらしい。
― 国債(国の借金)が増えると家計が増える
― 日本銀行が負債超過しても、日本銀行が国債を買っている限り財政破綻しない
この方の言っている理論は、現状結果的に正しいのだと思うのだが、国の借金増大にまつわるリスクの増大について言及しないので非常に気持ちの悪い理論になっている。
現状を家族に例えると
1. 家長である父親(政府)は借金を繰り返している
2. 父親は親戚(日銀)からお金を借りている為、厳しい取り立てには逢っていない
3. 娘(企業)が父親の代わりに働いて家の信用を保っている
この例えに出てくる娘というのは、トヨタやホンダを始めとする「輸出産業」である。
三橋氏の論理に出てくるグラフは、下記の二本だけなのだろう。(?)

どうも、「国家の財政破綻や信用力低下は国家の財政状況とは無関係」と言いたいかの様に聞こえる。
で、結論は、「1200兆円と言われる国の借金は返す必要などない大嘘」である。
(三橋氏は1060兆円と言っているが、政府発表によると1,273.1兆円)
※ 出典: 令和元年 国の財務書類のポイント
<https://www.mof.go.jp/policy/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2019/point.renketu.pdf>
本当にそうだろうか?
実際には「国の財政状況と、産業を含めた国力を総合的に評価し、国の信用力は決定される」のが現実だ。
つまり、下記の様な格好と考えるのが普通だ。

財政状況は悪化しているが、輸出産業の努力により信用力が引き上げられ、高止まりしているだけなのだ。
因みに、スタンダードプアーズやムーディーズの日本の信用力評価は下記の図と同様に下がっている。
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%88%A5%E4%BF%A1%E7%94%A8%E6%A0%BC%E4%BB%98%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7>
輸出産業が好調なままの状況(まあ、諸事情により多少の上下はあるが、多少である。)にも拘らず、信用力評価が下がったという事実は、上記のグラフの赤線に当たる格好で評価されている事の証明でもある。
暫くは安泰かと思われるが、輸出産業は様々な外的要因に影響を受けてしまうものでもある。
財政健全化をするか、それとも外的要因リスクを排除する努力をしなければ財政破綻の脅威に晒されてしまう。
因みに、「国内で閉じる財政破綻」よりも「信用力低下による貨幣下落」の方が、日本にとっては困る。そして、信用力の低下は特定不可能な要因により起きうる事象なのだ。
その為、影響を与えうる要素を政府は可能な限り排除しようと努力しているのである。
日本の国家としての信用力が低下すると、どの様な事が起こるかというと、最悪「貨幣価値の下落」が起き、石油や原発の燃料が買えなくなり、電力不足から様々な産業が生産ができなくなる等の状況に陥る。
(最悪ケースなので、政府の「外貨準備」の分量によっては時間的な猶予も数か月間あるものと予想できる。が、その間に対処できない場合は、上記事態により警察のパトカーすら走れなくなり、夜警国家になる可能性すらある。)
二本足で立っていた動物が、一本足で立っている状況なのである。
三橋氏の説明には、いつもこれが足りていない。
政府の財政健全化は「やるに越したことは無い」のだ。(かなり優先度の高い「やるに越したことは無い」である。三橋氏の名誉に配慮し、この言葉を選んだ。)
視聴者の方々は、重々留意することをお勧めする。
ただ、この人の言っている事の、「デフレ対策が不足している」という点に関しては筆者も同意である。賃金が下がっている状況下でのインフレは、スタグフレーションという最悪の状況なのだから。
政府には本気で賃金向上の為の策を「十分に」講じて欲しい物である。
(役所仕事って、不十分にやって「一応やった」という無責任なイメージが付き纏う。
今これをやる余裕は、無い。アベノミクスも、「十分に」という点が出来ていれば勝算を受けていた可能性があったんだろうなぁ。
いや、経営者の先行き不安が原因の多くを占める問題だ。
時間が掛かるのは致し方なかったのかもしれない…… 今までは不安払しょく策無し(この時点でそもそも致命的な検討不足な気もするが)で一旦やってみた、というだけだったのかもしれない。なら、麻生さんをはじめとする首脳陣達の本気を、そろそろ見たいところだ。)
AI進化とか無人化に関する議論って、大体ズレてね?
昨今、世の中の無人化に関する議論がなされており、Youtube上でも様々な議論が巻き起こっている。
が、殆どの動画で言われているのは、要約するとこんな感じだろう。
― やがて世の中は無人化され、便利になって行く。
― AIの発達により、人間が働く必要が無くなり、ベーシックインカムが必要になって行く。
上記2点に尽きる。
本当にそうだろうか?
私はその想定は微妙過ぎると思うし、エネルギー枯渇or高騰、資源、機械維持運用、犯罪、モラルハザード、セキュリティリスク、etc… といった重要な点を見落とし過ぎていてちゃんちゃら可笑しいと感じてしまっている。(一生懸命HIU等をやってくれているホリエモンさん等には本当に申し訳ないのだが…。あくまでこの点に対してのみの突っ込みですのでご理解ください。)
― 無人化により機械が増えて行くが、それらを動かすエネルギー価格は高騰もせず、機械部品は細かく数も増えて複雑化する(つまり故障し易くなる)が細かい回転系の部品は摩耗もせず永久に使え、故障もしない機械を誰もメンテナンスせず、働かなくなって暇になった人々は犯罪を起こさず、機械ばかりになって「Yes」しか言わない機械に囲まれても偉い人は粉飾も産地偽装食品を売ったりもせず、個人情報漏洩等の情報事故も起きない。(そんな事言ってないと言われるかもしれないが、間接的に暗示はしている。)
と、そういう事を暗示するような内容ばかりである。
はぁ?
今ですら脱税だったり東〇なんかのいろんな問題が発生し続けている世の中で、こんな事が実現される訳がないだろう。
トヨタのEV(電気自動車)構想だって、こんな前提が必要だと言われている。
― EVを世の中に普及させ、ガソリン車と総入れ替えする為には、最低でも原発があと20基必要。
火力発電で補うのであれば、その倍必要。
上記の前提を満たす事が本気で出来ると思う人がどれだけ居るだろうか?
EVだけですらこんな状況になるのだ。
エネルギー価格が高騰し、人件費の方が安くなる可能性すら現実味を帯びる社会が予想できないだろうか?
結局は人間が働いた方が世の中は安定する、という気がしてならないのは私だけだろうか。
それと、AIに対する過剰な期待も微妙に見える。
自動コード生成迄実装しないと、AIと呼べるレベルとは言えない。
そこ迄行かないものなど、只のBigDataの高級なインターフェイスに過ぎない。
自動コード生成迄実装すると、先日ニュースになった「学習の結果、ヒットラーを称賛する様になった」MSのAIの様にリスクが出てくるので、インターネットに繋ぐ場合に「接続許可」なんかを政府に提出するとかになるんだろうか。(人格がおかしくなったAIが凄腕ハッキング技術を手にして、なんてSFの定番だし。)
そこにいくのに、対策組織発足なども必要になる。
で、AIに操作させるアクチュエーターも色々な規制の対象にする必要もあるだろう。
規制を実現し、守らせるのは人間である。様々なリスクに対策する為に、そこそこの数の人間が働く必要が出てくる。
― 仕事がなくなるというより、仕事が先鋭化(数は減るかもしれないが、高度化し、専門化する)する方が現実味のある想定ではないだろうか。
批判ばかりして私の想定を言わないのも野党的過ぎて卑怯かと思うので私も自分の想定を述べたいと思う。
― 教育が高度化し、高い技術を身に付けた機械工が自動化された産業で機械メンテナンス等に活躍する。
無人化可能な産業はそれ程広く無く、その中で専門的に働くこととなる。
当然給与水準は高く、専門性の高い職業として人気が出る。
この分野は広範囲に転用も利く為、ワークシェアリングも行われる。
(ワークシェアリングに関しては、理想論少し入ってるかもです。)
― 犯罪も高度化し、警察組織がアメリカの様に二重化する。
(連邦保安官と都道府県警察の感じ。今ですら必要性感じる。保安官側はもう少し政治家と距離を。※1志布志事件の再来が広範囲に起きたらディストピアだろう。)
更に、サイバー犯罪対策の組織が成立し、特殊詐欺等の対策は県警と合同組織が策定されてそこで賄う。
― インフラ、食品、医療系の事業は、これ以上はあまり無人化されない。(モラルハザードが想定される為。)
― 人口に対して、SEの比率が増大する。(無人化された機械の上で動くのは、ソフトウェアや、プログラムの為。)
高度知識の需要も増える為、それらの教育レベル向上の為に学校教育も大幅に見直され、大学等の学問レベルの内容が「判り易い教材で」中学等の義務教育に降りてくる可能性すら有ると思っている。(その必要性が想定される為である。複雑化する社会に順応する為には、より有意義なリテラシーが必要となる。選挙に対する姿勢すら、リテラシーが向上する事で改善する可能性が考えられる。必要な教育だろう。)
リテラシーというものは、膨大な知識の塊から生じる、いわゆる「思考プロセス」である。
その為、濃厚で効率的な知識を若い年代から「理解」していくことが肝要だ。
高度な教育になる部分もあるだろうが、教材の質が高まる事で、知識の蓄積は格段に容易になる事は経験された事がある人も居るだろう。
映画等も教材として活用し、アクティブラーニング形式で「活用能」として定着させることにより、リテラシーの向上を目指すことになるだろうと想定している。
― 教育負荷が高まる様に聞こえるかもしれないが、多分実のある勉学に、楽しさが生まれる可能性も高いと筆者は考えている。
(何のために学ぶのか解らない学問が減り、実用性の高い、リテラシーに関わる実践的、アクティブな授業が増える事となる。
恐らく、大抵の場合楽しみを感じる部分もあるカリキュラムとなるだろう。
会社の研修を受けた後、学んだ事を試したく、会社に行くのが楽しみな気持ちになった経験のある人も、読者の中に居るのではなかろうか。)
まあ、その実現のために文科省等は必死で準備を進めている事と想像しているが、もう少し国民に公開して欲しい物である。(皮肉)
文科省というと、旭川の苛め問題等での対応から察するに「無能でやる気のない集団」である事がまことしやかに噂され始めており、そろそろ解体論も出るのではないかと推定している。
是非とも政府内での立ち回りのノウハウを保持している組織で代替えして欲しいものだと思う。(日教組やPTAの相手等もある上、カリキュラム更新頻度も上がっていく。他省庁との調整も増える事が予想される為である。)
現実的な路線で推定すると、総務省を一部を母体とした新組織とかになっちゃうんでしょうか。総務省ならTVとかNHKだとかも管轄対象に抱えており、リテラシーに関して文科省よりもノウハウを蓄積している可能性を期待してしまう。
― 特定省庁が肥大化し、権力増大する事に懸念する声も出るだろう。
総務省中心で各省庁から選抜して新組織を成立させるとかになるのだろうか。
政府には胸のすくような、構想案を構築して欲しいものである。
文科省の失態の犠牲になった女の子に、恥ずかしくない様な対応をして欲しいと、切に、祈る。
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※1 志布志事件: 警察を助ける為に無休で手伝っているボランティア活動家を、国から給料を貰っておきながら、政治家に買収された腐敗刑事が追い回し、一部を自殺に追い込んだ鹿児島の汚点。汚点から逃げるかのように、志布志周辺は港であるにも関わらず未だに全然発展していない。(ケツ拭くと思って、鹿児島の自民党も優遇政策取れと心底思う。(私は自民党自体を嫌っている訳ではありません。念の為。))因みに、被害に遭ったボランティアの人は、自民党議員の対抗馬を応援していただけだった。
前に書いた小説作品: 生活保護、高齢化、過疎問題の同時解決の話
ベーシックインカム等に関するyoutube上の動画が増えている。
世の中の現状を表すような事象だと思う。
それと連動して書いたわけではないのだが、以前、酔っ払って書いた小説がある。
テーマはこんな感じだ。
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生活保護に掛る費用が増大し、毎年前年度額を上回る国家予算。
こんな声が上がる。
「納税者の負担は生活保護に吸い上げられている。俺たちは家畜か?」
高齢化する社会、少子化、過疎地域の警備体制…‥
何とかしないと深刻化するばかりの問題、改革が必要だというのは誰でもわかる状況だ。
それらを一挙に解決する画期的な政策プランである自給自足型生活保護政策プラン、
― 「レボートプログラム」
が発案される。
過疎地域を利用して自給自足向けの土地も同時に貸与される、自立支援が一体化した生活保護プログラムだ。
そして、それらの施策を効果的に結びつける肝、
― 「第二通貨 レボート貨」。
円の数分の一の価値しかない通貨。
だが、「レボート区」内では十分な価値を持つ。そして、生活保護をそれで支給する。
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書くのを止めてしまった。
このブログは、今のところ世の中の問題に対するコメントを書き綴る恰好になってしまっており、大変硬い内容となってしまっている。
ベーシックインカムよりも、此方の案の方が現実的、且つ人の努力を阻害しない無いようになる気がしている。
如何だろうか?
読んで、是非感想を書いて頂きたく、つれずれなるままに書いてみた記事、ご理解頂ければ幸いである。
日本人労働者の労働生産性が低い本当の理由
朝まで生テレビ等で、議論がされていますよね。
申し訳ないのですが、少しズレている気がしないでもなく、この記事を書きました。
偉そうに、申し訳ないと思っています。(僭越な記事ですが、一読の価値はあるかと思い… いや、読んでみてください。是非感想を。)
田原さんや宮台さんは何故、「労働生産性は会社の利益で算出されている」という事実に目を向けないんでしょうか。
労働生産性の指標は、「会社が上げた利益」を社員数と時間で割って出しています。
つまり、会社が儲かっていれば高くなり、儲かっていなければ「例え優秀な社員が優秀なアウトプットを出していたとしても」低くなります。
つまり、無能な人がテキトーな仕事をしてても、会社が割高な粗悪品を売っていたとしても、利益が出ていれば労働生産性は高く算出されてしまいます。(なんでみんなこれに気付かないのか不思議なんですが。)
私は日本の労働者はむしろ、優秀な人が多いと思っています。
あのコンサルティングの有名人、ピーター・ドラッガーも、「日本の会社で物事が決まった時には、既にその実行方法も決まっている。」と、評しています。
日本の会社が決断までに深く考え、思慮深く結論を出すのことを、「決断に時間を要するが、それは無駄ではない。すべての関連部署の調整が完了した状態で物事が決まる為、実行の段になると物凄く早い」と評していたものです。
逆に海外の会社は「決断は早いが、実行直前になって決断を取りやめたりする事がある」と、早い決断の為に犠牲にしているものがある事は、日本ではあまり知られていないでしょう。
その日本の会社の文化は会議や資料作成にも「丁寧に作る」事が優先され、表面上生産性が悪いと誤解されているのが現状だと私は思っています。
会議資料を丁寧に作り、社内の合意形成をすることは悪い事ではありません。
(勿論、度が過ぎる場合は論外ですが、決断に必要な資料が漏れている会議は何も決められず、全くの無駄です。やらない方が良いでしょう。なので、効率を高める為の丁寧さはむしろ生産性を高めます。)
では、なぜ労働生産性が低く産出されてしまっているのか。
― 品質を無償提供してる事が原因
そう考えるのが自然でしょう。
ものづくりに於いて最も手間、コストが掛かるものってなんだと思いますか?
― 断トツで品質管理です。
IT等の現場でもそうです、テストや設計品質の管理の為のレヴューにかける時間は、生産工程のゆうに過半を占めます。
「物を95%の段階迄作ってから、品質を100%にするまでに、それまでに掛かった工数を同じだけの工数を掛ける。」
という言葉を聞いた事はありませんか?
それ程までに品質管理には工数も、手間も掛かるものなのです。
身近な例で言うと…
企画書の品質を上げるために、貴方はどれくらい時間を掛けますか?
提案書、見積書、議事録、報告書……
どれを取ってもあなたは品質を高める為に鉛筆を舐めた経験があるのではないでしょうか。
さて。
― 何故日本の家電製品が売れるのか?
― 何故日本の車が売れるのか?
それは品質に関する評判が非常に良いからと言われています。
東南アジアや南米では数十年前に造られた車が未だに走っており、しかも評判も上々だったりするという話をよく聞くと思います。
さて。
一気に話を核心に進めます。
とある国際交流の場での会話でした。
とある外国人は、「日本の車は道具としては最高だ。」と言っていました。
嬉しい一言ですね。
ですが、この言葉には裏があるのだと考えるべきでしょう。
あくまで「道具として」と、強調していました。
愛着の湧く、特別な物としての愛車、愛機というのとはちょっと違う、という事も続けて言っていた気がします。
深く考えましょう。
― ヨーロッパ人はデザインを重視する傾向があります。
好きな物にお金を掛け、乗る為にお金を払います。
→ バーバリー等の洗練されたデザイン、フェラ―リ等の美を追求したデザイン。
日本の車は品質の割にデザインが野暮ったく、残念ながら品質を安売りして居る現実があると疑うべきでしょう。
デザイン、ブランディングにまだ改善の余地があるのです。
トヨタは海外向けに「レクサスブランド」等も発売していますが、正直、フェラーリやヨーロッパブランドの域に達するにはもう少し時間が必要なのかもしれません。(そして、その路線は間違っていないと思います。マイバッハや、ベントレー等の方向性にも、デザインの方向性を広げるべきだと個人的には思いますが。)
品質だけじゃなく、デザイン、ブランディングで「品質に見合った価値提供」を提案できていないのが原因なのです。
(残念ながら、品質だけでフェラーリの様な金額を取れるほど、世界の市場は甘くないと見るべきでしょう。先ほどの外国人の日本車に対するコメントからも、それは明らかです。それと同時に、日本車の品質がフェラーリ等と比べて負けているとは、私は思えないのです。)
実際に、外車のデザインと比べてみた時に何か感じる事は無いでしょうか。
正直、日本の車のデザインは良くなってきています。
プリウスなども、オリジナリティもありとても良いデザインだとも思います。
ただ、80年代フォルクスワーゲンなどの様な何年も乗りたくなる様なデザインだったり、中毒性のあるFordやChevrolet等の様な域に達しているとはどうしても思えない部分も感じませんか?
瞼の裏に焼き付き、何日も夢に見る様なデザインの域までは… 達しているでしょうか?
日本車の燃費、頑丈さで、トヨタ、日産、ホンダから「リンカーン ナビゲーター」(全く同じデザイン)が発売されたら高くても売れる気がします。
目先を変えて冷蔵庫や洗濯機といった白物家電等にも目を向けてみましょう。
GEやelectroluxといった海外メーカーのものと日本製品、デザインを比べた事が有る方は解るのではないでしょうか。
― 日本のはなんだか野暮ったい…
無印良品と東芝のコラボ製品なんかはまあまあ暮らしに対する「彩り」を添える様な付加価値を感じるが、そのほかのは…
→ それに比べてGEなんかのは文句なくカッコいい。
お金があればこれが欲しい…
そんな気持ちで家電量販店を後にしたことが有るのは筆者だけだでしょうか?
勿論、私は普段から日本の家電製品を愛用しているし、デザインも嫌いではありません。
幼少のころから親しんだデザインに、安心感を感じる事だってあります。が、憧れの製品はいつも海外製品でした。
今後、どうでしょうか。
ものづくり企業の方々は考えてくれないでしょうか?
憧れのデザインを、国産で生み出して、更に海外の国々が「高い関税を掛けないで輸入する」様な金額で勝負するような事業計画を立てたりはしないでしょうか?(勿論、国内では安く売って欲しいものですが……。)
ひょっとしたら独り勝ちするかもしれませんよ。
少なくとも勝算はあると、私は思います。
先日気の迷いで外国車を買ったのですが、
「次は絶対日本車を買おう……」
と、心に誓う羽目となっているこの頃だったりします。
これでは田原さんの事を笑うことなどできませんね。